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2007年05月30日
おやじのこと。
このブログもスタートした頃は日記的に書いていた。
自分の使っているレンタルサーバにMovable Typeをアップして書き始めたのが05年4月20日だった。
以来、ポッドキャストやビデオキャストをやってみたこともあるが、最近では、ネットラジオ「ファンラジ」や、時々開催するダンスイベント「FUNKRASH」の告知くらいになっていた。
久しぶりに私事になる。
5月27日に父が他界した。
母と離婚後30年ほど一人で福島県にいたが、若い頃から血圧が高く、数年前から目眩などに悩まされていたようだ。それでも、普段の生活には支障もなく、一昨年の11月に倒れた日も元気に自転車を漕いでいたという。
毎日、食事に行く懇意の店に、夕食、昼食と続けて来ないので不審に思った人が父の家に行き、倒れているのを発見して救急車を呼んでくれた。
俺が東京から兄が札幌から病院に駆けつけるまで、もたないだろうと言われていたのが医者も驚くほどの生命力で一命を取り留めた。
ただ、倒れてから発見までの時間が長かったので、強度の全身麻痺に加え、嚥下も出来ないため、食事は胃に直接..という完全な寝たきりの生活になった。
俺が東京から行くのは月に一回か二回が限度。会えるのもあと数回か・・そう思いながら、新幹線で郡山、そこから1時間に1本の在来線で磐梯熱海にある病院に通うのが、16ヶ月続いた。
俺が行くと、医師や看護婦さんには見せない反応をする。
涙を流すのだ。
父は「俺は好きなことやって、勝手気ままに生きてきたから、最後はポックリ逝かせてくれたらそれで良いんだ」が口癖だった。
それが、片手をちょっとだけ動かすのが限界。言葉は出せず、ものも食べられない。呼吸も思うように出来ないときもままある・・そういう状態が、1秒1秒、毎日毎日、延々と続く。
正直、死なせてやりたい。楽になってほしい。行く度に、苦しそうな顔を見るたびに、そう思った。
今月末に兄と一緒に病院に行く予定を直前にして、27日、自分たちのイベントを開催した。
父の病状を見て、「自分が生きていること」、「好きなことが出来ること」、「身体が動くこと」、「仲間がいること」、たくさんの有り難さ、たくさんの素晴らしさを改めて感じながら続けているイベントだ。
俺が十代の時、親父は新宿で麻雀をやって何日も帰らないことがよくあった。母とはギャンブルのことが原因でケンカが絶えなかった。
親父が通っていた雀荘のひとつが歌舞伎町にあったマンザ(萬座と書いたのだろうか)で、経営者がGetというディスコを東口のほうに出した。
そこに通っていた俺がGetのマッチを持っていたのがきっかけで、親父と「デスコ」のことを時々話した。
74年にディスコDJとして働き始めてからも、おまえ、まだデスコでやってるのか?と苦笑しながらも、自分の道楽人生もあり、それ以上のことは言えなかったようだ。
家族には、あまりイベントの話はしないが、親父の横に行ったときは、他に話すこともないせいもあり、独り言のようにその話もした。勿論返事があるわけもなく、理解しているのかも分からなかった。でも、おれは話した。
おれは仕事、なんとかなってるよ。子供二人は就職できたよ。ときどき、デスコを仲間とやってるよ。おやじ、この民謡のCD飽きたか?毎日、同じのかかってるからなぁ。次、来るとき違うの買ってくるよ。昔、親父が連れてってくれた祖師谷の焼鳥屋、あれまだあってね...
イベントの当日、出かける直前に磐梯熱海の病院から電話。
容態が変わってきているという内容。
もともと倒れてから何時どうなってもおかしくない状態だったが、今回は急変する可能性もあるので・・と伝えてくれた。
イベント終了直後に、父の他界を聞く。呼吸停止22時58分、心停止23時00分。
もしかしたら...どこかでそういう覚悟もあったが、イベントが23時までという事実との、あまりの符合を偶然とすることが出来ず、おやじ..のあとが言葉にならなかった。
生きてる間は、好きなこと、楽しいことは続けろ。
人生はそのために神様からもらってるんだから。
そのためには、がんばらなきゃいけないときもある。あきらめちゃだめだぞ。
おやじの声が聞こえる。
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「父よ」
僕が生まれる前なのか
三十歳くらいだったのだろうか
今の僕より遥かに若かった父よ
その目は何を見ていたんですか
(2006-01-10 に書く)


投稿者 terry : 2007年05月30日 17:49
コメント・コーナー
↓Take さん :2007年05月31日 00:31
ご父堂様のご逝去を悼み、謹んでお悔やみ申しあげます。
お慰めの言葉もございません。
今はただ、心から、ご冥福をお祈りいたします
でも…なんかイベント終了直後の他界とは…
あまりにも…偶然というか運命…?
Terryさんイベントの時はずーと気になって
一刻も早くお父様のもとに駆けつけたかったにもかかわらずそんな素振りも見せず最後まで本当にご苦労様でした。
この先もFunkRashは継続して行って下さいね。
きっとお父様もそう願ってますよ!
一度きりの人生…
やはり好きな事して悔いの無い様生きたいですね!
漫画の名台詞ではないですけど…最後は
「我が人生に一片の悔いなし」 と逝きたい…
Terryさん元気出して下さいね!
↓Shige さん :2007年05月31日 06:17
この度は、まことにご愁傷様でございます。
ご尊父様のご冥福を祈り、謹んでお悔やみ申し上げます。
ご親戚の方だと思っていました。
お父様だったのですね。
危篤の最中、イベント運営はさぞ辛かったことと存じます。
離れて暮らしていても、定期的に福島に行かれてたんですね。
私の親は、両親とも既に他界していますが、存命中に最後まで大したことをしてあげられませんでした。
テリ〜さんの行いは本当にご立派だと思います。
お父様もテリ〜さんと会えるのが、何よりの薬になっていたのではないでしょうか。
どうかお気を落とさず、これからもFUN-RAJI及びFUNK-RASH頑張って続けてくださいね。
↓とし さん :2007年05月31日 09:35
心からお悔やみ申し上げます。
テリ〜さんにとって FUNKRASH が意味あるモノになることを心よりお祈りします。
↓RONNY さん :2007年05月31日 10:30
合掌
当日、千葉のYUKI姐さんから通知を貰っていました。
本当に奥行きのある方ですよね。
僕らの関係を心で理解してくれている人だと思いました。
だから、本人が口を開くまでは黙っていようと思いました。
私はそれまでの事情も聞いていたし、声をかけたとしてもどうせ月並みなことしか言えないだろうなぁ、と思っていました。
今日このブログを読みました。
僕らの再会もここから始まったのだから、ここにコメントを残そうと思いました。
身内の死は、いつ来るのか約束はないのだけれども、必ずやって来るんですよね。
そして、残った者に何かを残して消えていきます。
何を残してくれたのか。
その答えを見つけるためにも、僕らも、もう少し頑張ってみましょうか。
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
↓諭吉 さん :2007年05月31日 12:47
お父様のご冥福をお祈りしますと共に、テリーさんはじめご家族の方々に心からお悔やみを申し上げます。
お洒落でイキな感じのお父様の写真、とても素敵です。
イベントの最中にテリーさんが「親父が・・・」と心配そうにおっしゃっておられたので
気になっていたのですが・・・そうですか。丁度23時に息を引き取られたのですね。
テリーさんがイベントの最後ご挨拶を終えられた時ですね。
よく磐梯まで通われて、親孝行しましたね。
これからは天国からいつも見守ってくださると思います。
元気だしてくださいね!
↓mini さん :2007年05月31日 18:07
お父様の ご冥福を心よりお祈りいたします。
福島に行っていた理由が、今分りました。
月に1、2度とは言っても16ヶ月・・・
中々できる事ではありません。
一方的な話でも、お父様には嬉しかったのではないでしょうか・・・
身内の死に対しては、人事ではない年齢。
たとえ、元気でも離れている親の事を思うと泣けてきます。
テリーさんの様には、できないと思いますが
少しでも多く逢いに行こうと改めて思いました。
そして、何をしたら、何をしなかったら悔いになるのか分からないからこそ一日一日を大事にしなきゃと思います。
お辛い中、笑顔のテリーさんを見せてくれてありがとうございました。
↓TAKEMO さん :2007年05月31日 21:55
心からお悔やみ申し上げご冥福をお祈りいたします。
↓shi-ra さん :2007年05月31日 23:44
16ヶ月大変でしたね‥
身内にとっては、楽にしてあげたいと思う気持ちと生きてて欲しいと思う気持ちがあって、さぞ辛かったことと思います。
お父様にはお疲れ様でしたと、心よりご冥福をお祈りいたします。
私の父はすでに他界しているのですが、
お葬式の席で親戚の叔父に「おやじさんには歌舞伎町に踊りに連れてってもらったりしたよ!でダンスが上手いんだよ〜!」と教えてもらいビックリしたのを思い出しました。
自分の知らない父親の姿が(家では真面目を絵に描いたような父で、唯一の趣味が釣りだと思ってました)
今の自分と重なるように感じられ、同じ血が流れてるんだ‥と嬉しかったんです。
生きてる間は、好きなこと、楽しいことは続けろ。
人生はそのために神様からもらってるんだから。
そのためには、がんばらなきゃいけないときもある。あきらめちゃだめだぞ
お父様は見守って下さってることと思います
これからもテリーさんらしく頑張って下さい。
↓devid さん :2007年06月01日 00:26
ご冥福をお祈り申し上げます
皆様も書かれておりますが
イベント中にも気が気でなかったのではないのでしょうか?
そんな中、素振りひとつ見せず
あんなに素晴らしいイベントを成功させ・・・
なんて言葉を掛けていいのか分かりません
ただ、これからもお父様の言葉通り
『生きてる間は、好きなこと、楽しいことは続けろ。
人生はそのために神様からもらってるんだから。
そのためには、がんばらなきゃいけないときもある。あきらめちゃだめだぞ。』
ファンラジ・ファンクラッシュ
そして何より自分の人生エンジョイして下さい♪
口下手な僕の精一杯の表現ですm(_ _)m
情けない・・・
↓トム・ローガン・パパ さん :2007年06月01日 01:08
テリ〜さん、
そうだったんだ。Septemberが最後の曲でしたよね。
お写真を見るに、粋な親父さんだったんでしょうね。
ご冥福をお祈り致します。
テリ〜さんとは同い年だから自分と照らし合わせながら読みました。今度、一緒に飲もう!
↓みゅう さん :2007年06月01日 05:29
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
とても動揺しています。
テリ〜さんからお話は伺っておりませんでしたが、
定期的に福島に行かれていたのをそんな予感がしておりました。
私の父母の故郷も福島です。
遠いですよね。。。
できることなら、毎日でもお父様のおそばにいたかったことでしょう。
イベントの時、そんな事態におられたにもかかわらず
私たちのために、いつもの笑顔で迎えてくださり、イベントを盛り上げてくださったテリ〜さん。。。
頭が下がる思いです。。。
お父様の残してくださった言葉。。。
とても心に沁みました。
自分への心の教訓とも感じとれるほど
お父様の愛あふれる暖かな言葉だな。。。と思いました。
誰もが必ず通らなくてはならない悲しい道ですが、
また、素敵な笑顔で元気はつらつなテリ〜さんに
イベントで前呑みで、癒しの地で。。。お会いしたいです!
↓taka さん :2007年06月01日 14:28
本当にかっこいいお父様でしたね。
コメント読んでいて目頭が熱くなりました。
テリーさんもかっこいいです。
お父様のご冥福をお祈り致します。
↓エダッチ さん :2007年06月02日 00:03
FUNKRASH Vol.6 とても楽しかったです。
じゃあね、と見送ってくれた時が臨終のときなんて、ことばもでないです。ご冥福をお祈り致します。
オー君来れなくて残念がってました。
宜しく伝えてくださいと、言ってました。
是非イベントを続けてください。
全然関係ないですが、テリーの親父さん麻雀が好きだったそうですね。テリーも強かったですね。若い頃、成城の駅でばったり会って、新宿の雀荘へ行って、テリーに負けたのを覚えてます。つまんないこといってスイマセン。
また楽しいこと誘ってください。
日曜、月曜が仕事休みなので、今度祖師谷にもいきますよ。久しぶりに飲みましょう。
ではでは、、、
↓テリ〜 さん :2007年06月02日 15:42
>TAKEさん
>Shigeさん
>としさん
>RONNYさん
>諭吉さん
>miniさん
>TAKEMOさん
>shi-raさん
>devidさん
>トム・ローガン・パパさん
>みゅうさん
>takaさん
>エダッチさん
書き込みいただいた皆さんの顔を思い浮かべながら一語一句を大切に読ませていただきました。
暖かい励ましをいただいて、心から感謝しています。
本来はお一人お一人にお礼を書かせていただくべきなのですが、このようなかたちで書き込みましたことをご容赦下さい。
倒れてから一年六ヶ月、身動きも出来ずに毎日を過ごしていた父ですので、正直、ようやく楽になれたね、という気持ちです。
イベント当日、出かける20分前に病院からの電話だったのですが、非常に危険な状態というのではなかったこと、父は何というだろうか?と考えたとき、やってこい!と絶対言うだろうなと迷わず選択をしました。
そうは言っても、すっかり動揺してしまい何をやってるのか分からなくなったりして、皆さんの笑顔や仲間の支えで無事終了できましたものの、最後まで見守ってくれていただろう父は「なにをやってるんだ、しっかりしろ」と苦笑していたに違いありません。
父は碁が好きで田舎に引っ込んでからも地域の大会に出たりしていました。去年の暮れに来た手紙で、八十歳過ぎて、この大会で優勝したのは、今まで俺だけだとか自慢してましたが(苦笑)僕も80過ぎてもFUNKを踊る、やなジジィになろうと思います。
皆さま、これからもどうぞよろしくお願いいたします。
↓ROSE さん :2007年06月03日 00:11
遅くなりましたが。
このたびはご愁傷様でした。
そしてテリーさんお疲れ様でした。
お父様も今は天国で楽しく碁でも打っていることでしょう。
そしてテリーさんをいつまでも見守っていてくれる事と思います。
テリーさん、今まで通りずっとネットラジオや
イベント続けて行ってくださいね。
↓HAMANEE さん :2007年06月03日 07:43
大変、遅くなってしまいました。
イベント終了の23時に亡くなられたとの事、なにかとても意味のあるように思えます。
生きていくのは大変だけど、生きているのだから、自分の好きな事ができると教えていただいた気がします。
お父様のご冥福をお祈りいたします。
てりさんも、そしてご家族の皆様もご自愛ください。
HAMANEE 濱田葉子
↓テリ〜 さん :2007年06月04日 12:25
>ROSEさん
>HAMANEEさん
お心遣い感謝します。
子供の時代を過ぎ、結婚したり、仕事をしたり、子育てをしたり、挫折したり、有頂天になったり...
人生もある程度の長さになるといろいろなことがあって、そして、いつのまにか忘れてしまうことも多いけど、人生の終わりというものを肉親の死を通して、はっきりと意識すると、やっぱり考えてしまいますね。これで良いのかなって...
これからも人生楽しんでいきたいし、ときどきは、ほんとに、時々は、これで良いのかなって自分に問いかけたいと思います。
↓くにひこ さん :2007年06月04日 15:29
以前、お父様のお話しお聞きしておりましたが、
やはり、びっくりしました。遅くまりましたが、
心よりご冥福を祈り、謹んでお悔やみ申し上げます。
お父様、イベントを見届けたんだですね、きっと。
↓テリ〜 さん :2007年06月06日 11:29
>くにひこさん
くにさん、ありがとうございます。
何かの折りに父の病状について、いつ容態が急変してもおかしくない..とお話しさせてもらったことがありましたですね。
でも、今回のことで今さらのように思いましたが、僕も勿論ですが人間誰しも限られた命を生きているわけですよね。
本当に今さらながらですが..そのことに父に気づかされた思いです。
↓ちょこ さん :2007年06月06日 23:55
大変遅くなりまして申し訳ございません。
今、知って、驚いているところでした。。
テリーさん大変な中、そんな様子も見せず、
おつらかったですね。
素敵なお父様 ご冥福をお祈り申し上げます。
きっとこれからも見ていてくださると思います。
↓Tink さん :2007年06月07日 19:35
お父様のご冥福をお祈り申し上げます。
ごめんなさい。言葉がみつかりませんが
お父様にとってテリーさんは
自慢の息子さんだったと思います。
↓テリ〜 さん :2007年06月15日 22:20
>ちょこさん
ちょこちゃんに「素敵な」と言ってもらって、オヤジもにやけてると思います。
福島で父の知人達にあって、倒れる前のオヤジの様子を聞き、その様子が目に浮かぶようでした。
>Tinkさん
ありがとうございます。
僕はお恥ずかしい話、少年の頃(いや、大人になってからもだなぁw)両親の心配の種だったんですが、そんな僕のことでも、知人には「次男は..」と嬉しそうに話していたそうです。
もうちょっとだけでも、自慢できることをやってあげればよかったです。
お気軽にコメントくださいね♪

