Funk Inc. ファンクインクここにメニューバーが表示されますのでお待ち下さい

«録音放送 、ファンクラ7、FTV!メイン録音放送 (26-Jun) を更新しました»

Disco Soundが変わっていった理由?

[2007年06月23日]

先日、音楽評論家の吉岡さんのお話を伺った時、「1974年は米国では『ディスコ元年』と言われていて、ディスコからヒットが生まれ出して、音楽業界が注目し始めた年なんですね」とおっしゃった。
僕も、まさに1974年にDisco DJを新宿V-Oneという店で始めた経緯があり、その時代の息吹を体感したわけなんですが、それ以前のディスコと言うより「踊り場」と称されていた時代も含めて70年代後半まで、ディスコサウンドといえばブラックミュージックが主体だった。特にFunky Musicが主流だったと言い切っても過言ではないと思う。
76年に僕は六本木の交差点そばにあったアフロレイキの社長、マリオ山口さんの新店でDJを勤めた。Another Worldという小箱だったが、そのあとに回したチェスターバリー、ビッグツギャザー、ブラックシープのような大箱系より、はるかに強く印象に残っている。自分の中で、FUNK系のDJとしての思いはAnother World時代で燃え尽きたような記憶がある。

76年、Brothers Johnsonの"I'll be good to you"という曲を聴く。知り合いのBrotherがスゴイ、スゴイ!というのだが、正直なところピンと来なかった。「おとなしいね〜」くらい、言ってた記憶がある。
ところが、そのアルバムを何回か聴いているうちに、いや、ブラジョンの曲で踊っているうちに、こいつはファンキーだ!とはまってしまったのだから、いい加減なものです・・(__;)

Youtubeにもあがっているし、いろいろなDVDなどにも収録されているクリップなので目にする機会が多いが、ブラジョンの"Right On Time"...

元のクリップもテレビ番組用かな?
これを見るたびに思うのだが、バックのダンサーズ(?)が選ばれた基準はなんなんだろう?ということだ。
当然、76年といえども、白人の人達にも踊りのうまい人達、アマ、プロ問わずに沢山いたわけである。

それなのに、なぜに?ゆえに?(桂三枝ふう)

想像だが、この当時の平均的な白人の方々の踊りだったのではないか?
勿論、いいとか悪いとか言いたいのではない。

70年代半ばまでディスコがアンダーグラウンドなものであったものが、世界的にドンドン、大きなビジネスに成長し、無数のヒットがディスコから誕生、ベテランミュージシャンもこぞってディスコサウンドをやるようになっていくなか、このクリップのダンサーズのような方々が世界的にディスコの客層の主流になっていく。
そうなると、もっともっと、リズムの取りやすい(あとノリなどではなくで)BPMも高めの踊りやすい、足が止まらない曲が求められるようになる。

このクリップで、ブラジョンというFUNKの雄と、その後ろで踊るダンサーズを見る時に、ディスコサウンドの主流が70年代終盤から大きく変化していった理由がありありと見えてしまう気がするのです。

しかし、いくらクチパクとはいえ、ブラジョンの二人も、こうバックダンサーズが激しいとやりにくかったのでは?・・・ww

話は元に戻るが、ファンラジに二回にわたって登場していただいた音楽評論家・吉岡正晴さんのブログ「Soul Searchin'」から、今回のインタビュー関連の記事をご紹介申し上げます。
当時、ラジオのFENにかじりついていた人も、そうでない人も、ぜひお読みにって下さい。
★ドン・トレイシーについての記事
★ローランド・バイナムについての記事

[PR]ニュースキン genLocスキンケアで、ディスコでも一番目立ちます。( ̄m ̄)

by Terry : 2007年06月23日 13:12

コメント・コーナー

soulja さん :2007年06月23日 22:00

BLACK SHEEPって、ナニゲに行った覚えがあるのだけれど、何処でしたっけ?
あの時回してたのは、照りさんだったのかしらん?

テリ〜 さん :2007年06月25日 12:40

>soulja さん
だぅもです〜〜(^_^)/

ブラックシープは、新宿、渋谷、上野にありました〜。
新宿は歌舞伎町、西武新宿駅そばで、アップルハウス、Q&Bといったディスコと並んでました。70年代は、まだ、東亜会館はディスコビルとしての絶頂期を迎えていませんでしたよね。ぁ、souljaさんは、その頃は小学生とかだったと思いますけどね、もちろん・・( ̄m ̄)

新宿のブラックシープは、現在、海賊船とカチカチ山という居酒屋になっています〜。
ちなみに、カチカチ山という居酒屋さん(新宿に数店、銀座や渋谷にもありますね)は、ブラックシープをやってた会社の経営なんですね〜

なんと、昨日(6月24日)、ブラックシープ時代の同僚DJと30年ぶりに会いました〜!
アベちゃんという人で、ブラックシープ、東亜会館の各店、チェスターバリーなどでDJやっていたんですが、souljaさんがブラックシープにいったときに(くどいけど小学生の時にね)回してたのは、たぶん、アベちゃんじゃないかなぁ。
てわけで、soulja さん、また、踊り場で会いましょう!


このページのTOPへ戻る



top concept on air contact bbs links FUNK Inc. ニュースキン&ファーマネックス激安